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汽車旅ひろば - ひろやすの汽車旅コラム

汽車旅ひろば


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"鉄道フォーラム"代表の伊藤博康氏による鉄道コラム。
毎回幅広いテーマの中から、「乗ってみたい」「知って良かった」「へぇ~」な汽車旅関連の話題をご紹介します。お楽しみに!

上野から仙台へ、常磐線経由で行ってみた 1 [No.H224]

東日本大震災から来月で6年となります。
各地で復興への挑戦が続いていますが、放射線に阻まれて鉄道復旧に時間がかかってしまっているのが、常磐線です。その様子を、今年1月に見に行ってきましたので、今回と次回の2回でお知らせします。

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常磐線竜田駅前で、同駅~原ノ町間を運行する代行バスが待機している。寒そうに立っている女性は、バスガイドさん。
誰もが想定していなかったであろう東日本大震災による被害の大きさは、その後の防災内容の見直しにつながっています。けっして理想的とはいえないものの、被災された地域の方々は、一歩一歩復興へと歩を進め、被災地の中には、被災したことが表向き感じられないほどの復興を遂げているところもあります。
その中にあって、故郷へ帰ることもできず、未だに避難生活を余儀なくされているのが、福島第一原発事故の影響を受けた地域ということも、よく広く知られています。そんな福島県浜通り地区も、ようやく徐々に帰宅可能な範囲が増えてきて、常磐線も次第に復活してきました。


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   常磐線の運転再開状況
震災直後は全線運休だった常磐線ですが、同年中に広野~亘理間102. 2kmを除いて運転を再開をしています。この頃は、代行バスも亘理~原ノ町間47. 7kmだけで、運休区間の大半は通過すらできませんでした。
それが、約2年前となる2015年1月31日から、運休区間は竜田~原ノ町間46. 0kmと相馬~浜吉田間22. 6kmになるとともに、竜田~原ノ町間に代行バスが走りはじめました。これにより、代行バスを使うことになるものの、上野から仙台まで、常磐線経由で行き来できることになりました。
さらに、昨年7月12日には代行バスの運転区間内となる小高~原ノ町間の運転を再開。年末となる12月10日には、相馬~浜吉田間が新線で開通したことから、不通区間は竜田~小高間36. 6kmと一気に半分近くとなりました。


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代行バスからは、帰還困難区域で通行止めとなっている様子が見られる。
先の写真にある通り、代行バスは浜通り交通の大型観光バスですので、快適に移動ができます。ただし、運行は次のとおり一日わずか2往復です。

    竜 田   小 高   原ノ町
8:20 7:15 6:55
10:05 11:00 11:20
18:20 17:15 16:55
20:10 21:00 21:20

ご覧の通り、陽の短いいまの時期だと、午後の2本は夜間走行となります。
また、午前の便も原ノ町発は6:55と早朝なので、乗るには仙台発5:30の原ノ町行普通列車に乗るか、原ノ町駅近くに泊まる必要があるようです。
一方、午前の竜田発であれば、品川発6:44の特急「ひたち1号」でいわき駅まで行き、ここから普通列車竜田行に乗り継ぐと、竜田駅接続11分で乗ることができます。私もこの乗り継ぎルートで行きました。
バスには運転士とともにバスガイドさんが乗り、乗車時に代行バス区間に有効なJR乗車券をもっているかを確認します。さらに、発車すると車内アナウンスで、プライバシー侵害をしないため車内の写真を撮らないようにというお願いがあります。車窓の撮影については問題ありません。また、帰宅困難区域を通過するため、窓を開けないようにとのお願いもあります。
私が乗車したのは1月下旬の平日でしたので、2人掛けのシートに一人ずつ座っても、余っているシートがあるような状況でした。しかし、週末等は乗客が多いようです。
この代行バスが走りはじめるに先だって発表されたJR東日本のリリース文には、この代行バスに乗ったときの被曝線量についての記載があります。これによると、時速40kmで走った場合、1回の通行につき1. 2マイクロシーベルトの被爆をすると記されています。また、乗務員は線量計を携帯していて、希望すればその運行時の線量を教えてくれるということです。
途中、帰宅困難区域に入ると、代行バスが走る国道6号線から分かれる道には片っ端から通行止めの案内があり、柵も設けられています。関係者が出入りする道は、検問する方が常駐されています。まわりは一見、日本のどこでも見かけるような地方の風景なのですが、お店はもちろん個人宅も長年使用されておらず、田んぼは畝も見えないような荒れ果てた状況となっています。まさに、6年前から時が止まった姿で、胸が痛みます。

このような代行バスですので、途中停車はありませんし、休憩もありません。
そのバスの車窓が、突然柔和になった気がしたと思ったら、帰宅困難区域を出ていました。道端の案内板が見られなくても、車窓の変化でそれがすぐに判るほどの景色の変わり方でした。
すると間もなく小高駅到着の車内アナウンスがあります。昨年7月12日に小高~竜田間の運転を再開したため、上記のとおり、途中、小高駅に寄るようになったのです。とはいえ、小高駅で常磐線電車と接続するわけではなく、逆に小高~竜田間の列車本数を補う役割をしています。ですから、小高駅で乗降するのは基本的に地元の方だけで、ほとんどの乗客は原ノ町まで乗り通すことになります。

なお2月1日からは、この代行バスが途中・浪江駅として浪江町役場前にも停車するようになっています。


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小高駅は中線で乗降するよう、駅本屋側からパイプ等を組んだ仮ホームを張り出している。
原ノ町で代行バスを下車したあと、先ほど停車した小高駅まで電車で行ってみることにしました。代行バスに乗ってきた方のなかで、小高駅行きに乗り込んだのは、どうやら私だけでした。
線路の整備をしたうえで運転再開をした原ノ町~磐城太田~小高間9. 4kmは、予備知識なしで乗ったら、単なるのんびりとしたローカル線です。
しかし、小高駅は事情が違いました。
右の写真が小高駅で折り返しの発車待ちをしている電車ですが、3本ある線路の真ん中に停まっています。さらに、明らかに仮設とわかるホームは、手前の線路上に造られています。右側に駅本屋があり、写しているのが下りホームです。跨線橋を渡った左側に見えているのが上りホームですので、電車が停まっているのは、中線と呼ばれるホームに面していない線です。
通常、中線は貨物列車が旅客列車を待避するときに使います。
どうしてわざわざホームのないこの中線に電車を入れたのかな? と思ったら、信号システムの関係でした。上り線は上り方にしか出発信号機がなく、下り方に発車できません。下り線はもちろん下り方に出発信号機がありますが、上り列車が進入できるようになっていないのです。
結果、貨物列車が上下旅客列車を待避するために作った、上下どちらからも入線し、発車ができる中線で折り返し運転をすることとして、その中線まで下りホームから仮ホームを張り出したということのようです。
電気信号は列車の安全運行に関わるものですので、簡単に回路を変更すべきものではなく、またその都度変更していると費用面でも高く付いてしまうことが予想されます。その点、仮設ホームを貼り出すだけであればさほどの費用もかからず、ここから上り方も運転再開することになった際には、簡単に撤去できるということでこのようになったのでしょう。

なお、先ほどの代行バス車内からは、不通区間の常磐線で何カ所も工事をしている様子が見られました。
JR東日本は、小高~浪江間と、竜田~富岡間を2017年中に運転再開し、残る浪江~富岡間は2019年度末までに運転再開を目指すとしています。
全線運転再開まで、あと3年程度の見込みということです。楽しみですね。

次回は、最新の運転再開区間となっている、相馬~浜吉田間にできた3つの新駅についてご紹介します。

掲載日:2017年02月10日


●伊藤 博康(いとう ひろやす)
(有)鉄道フォーラム代表。愛知県犬山市生まれ。パソコン通信NIFTY-Serve草創期から鉄道フォーラムに関わり、1992年から運営責任者。(有)鉄道フォーラムを設立後、独自サーバでサービスを継続中。著書に「日本の “珍々”踏切」(東邦出版)「鉄道ファンのためのトレインビューホテル」「鉄道名所の事典」(東京堂出版)がある。現在、中日新聞社「達人に訊け」でもコラムを連載中。