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白銀の世界・ユングフラウヨッホへ

ヨーロッパで一番高い鉄道

ユングフラウ鉄道はヨーロッパでは一番高い鉄道として知られ、スイスでも最も人気のある登山鉄道。私たちは麓の町「インターラーケン」に宿泊しバスで約30分の「ラウターブルネン駅」標高796mからWAB(ウェンゲルンアルプ鉄道)で「クライネシャイデック駅」まで約45分かけて標高2061mまで登って行った。その後すぐにJB(ユングフラウ鉄道)のユングフラウヨッホ行きの列車に乗り変える。クライネシャイデック駅からはしばらく上ると約7km、最終駅の「ユングフラウヨッホ駅」標高3454mまで山の中をくり貫いたトンネルを進んでいくことになる。下の地図の白い道筋はすべてトンネルの中である。
クライネシャイデック駅〜ユングフラウヨッホ駅までは途中停車も含め約50分。
途中の「アイガイーヴァント駅」標高2864mは有名なアイガーの北壁の内側にあり5分間列車は停車する。駅を降りて直ぐそばには大きな窓がありお天気が良ければ、グリンデルワルドなどの町も見下ろすことができる。残念ながら今回は雪で真っ白だったが、アイガイーの北壁の内側にると思うだけで不思議な感じがする。「アイガーバント駅」停車のあと、「アイスメーヤ駅」標高3160mでも5分間の停車がある。

お天気の良い日は「クライネシャイデック駅」で降りると、上の地図の様にアイガー、メンヒ、ユングフラウ、またアイガーの北壁も綺麗に見ることができるが、今回は残念ながら雪で視界が悪く地図でご紹介。(自作ですので多少の誤差はお許しを!)

**アイガーの北壁**

1858年にイギリス人のバーリントが初登頂した。しかし、北壁は天候が非常に不安定で岩壁の構造も複雑なため困難な挑戦であった。1935年以来多くのアルピニストが犠牲となった為ベルン洲当局は登山を禁止した。この禁止令は1937年に解除され1938年にはドイツ人の2人、オーストラリア人1人が登頂に成功。日本人では今井道子さんが登頂したことで知られている。

ユングフラウヨッホ駅3454m・トップオブヨーロッパ

▲ユングフラウヨッホ駅

▲駅にはトップオブヨーロッパ・3454mの表示

標高3454mのユングフラウヨッホ駅はトンネルの中にあるので薄暗い。列車を降りて「駅」のサインに進んでいくと駅構内の建物へと入ることが出きる。標高は高いが構内は勿論暖房が効いているので寒さを感じることはない。各駅には標高が表示してありここにも「3454m」と大きく表示されている。
列車で徐々に高い所へと標高を上げて行く訳だが、クライネシャイデック駅あたりではさほどなんともなかった人でもここまでくればさすがに頭がボーっとした感じ、息苦しさなどを感じる。

**注意**

列車を降りたら決して走ったりしないでゆっくりと歩いて行こう。また大声をあげたりしても息苦しさを感じる。万が一気分が悪くなったら、しばらくじっと座って様子をみること。カフェテリアなどもあるのでゆっくりとあったかいミルクやココアなどを飲みながら休息してみるのも良い。体調を整えておくのが一番!!
高血圧や体調不良の方は無理して登らず下のクライネシャイデックあたりまででやめておく方が無難。


▲駅構内にあるポスト

▲ここで葉書を書いて日本へ

ヨーロッパで一番高い駅には、世界で一番高い郵便局がある。と言っても駅入り口の横に窓口があり構内にポストが置いてあるだけだが・・・・ポストの隣りには売店もあるのでお土産物や絵葉書なども買うことができる。売店の前には「トップオブヨーロッパ」の記念のスタンプがあるので、葉書に押して投函すると世界一高いポストから投函したことになる。ご家族やお友達、またご自分宛てに出すのもお勧め!! 漢字で日本の宛名を書いて最後に「JAPAN」と書けばOK。6日後くらいには日本に届くことになる。 ユングフラウヨッホでの滞在時間は1時間くらいになることが多いので予め葉書を用意して書いておいたほうが時間の節約になるかも!

氷の宮殿で氷の芸術

▲氷の宮殿入り口

▲通路はまるでスケート場

駅の構内には各所に行き先の表示が英語と日本語でも出ているので、そのサインに従って行けば迷うことはない。氷の宮殿へは駅から入り口に向かって左側のエレベーターで更に上がって行く。入り口は階段になっているがそこを降りると通路もすべて氷でまるでスケート場のよう。手すりもちゃんとあるので大丈夫だし思ったよりは歩きやすいところ。

▲熊の彫刻

▲ペンギンの彫刻


雪原3474m・外へ出てみよう



エレベーターで「雪原」に向かっていくとそこは3474m。
更に「出口」へ向かうと外に出ることができる。左写真は凍りついたドア。私の力では開かず男性のお客様にやっと開けてもらった。

▲氷点下12℃で凍り付いてたドア


▲わ〜〜、雪原は真っ白!!(蜷川さん・横田さんご夫妻)

やっと凍りついたドアを開けたら,そこは真っ白!!景色だけを写真に撮ったのでは何がなんだかわからなくなるくらい。外に出たお客様はおおはしゃぎ!!そんじょそこらの雪ではない、3474mの雪だ〜。
▲雪原でおおはしゃぎのお客様・マイナス12℃もなんのその!


もっと上がってみよう・スフィンクス展望台3710m

駅のポストから雪原とは反対側の通路をしばらく歩くと、近代的なエレベーターがある。 3710mのスフィンクス展望台へ超高速のエレベーターであっという間に到着。駅からは雪原よりもちょっと遠くにあるが、ここまで来たら元気な方は是非行っていただきたい。


▲展望台外にて

スフィンクス展望台から1歩外に出るとも白1色の白銀の世界。
「スイスに来てよかった〜〜」と冬のスイスを実感できるひとときである。


▲私も情けなくポーズ

実業家グイヤーのユングフラウヨッホ物語

▲駅入り口にはグイヤーの像
JB(ユングフラウ鉄道)は4分の3以上がトンネルで工事は難航し,16年がかりで1億5千フランもかかったと言う。
現在では年間70万人の観光客で賑わい、膨大な収入源となっている。
ヨーロッパで一番高いこの鉄道ができたのは1912年のことであった。

▲アルドルフ・グイヤー


ユングフラウ鉄道は1983年の夏、チューリッヒの実業家アルドルフ・グイヤーがその娘と共にシルトホルンに登った帰り道に思い立ったのが始まりである。他にもエドガー・ロッハーのアンもあったが実現せずグイヤーの案が採用された。
グイヤーの案は「アイガークレッチャーからトンネルを掘り、3つの駅を経てユングフラウの真下65mまで達しエレベーターまたはらせん階段で頂上に行く」というものだった。
1896年に工事が開始され、1898年にアイガークレッチャーまで開通、1902年、アイガーバント駅まで達した。1905年アイスメーヤ駅まで開通したがユングフラウ(4158m)頂上までの路線は工事費が予算オーバーしたため中止となった。最終的には1912年ラックレール式でユングフラウヨッホ駅までが開通となった。

「ユングフラウ」とはドイツ語で「乙女」と言う意味がある。乙女はいつも白い雪を尼僧の服のようにまとっている。「永遠の乙女」それは高い山に登る技術を持たずにいた人間の思いを込めた名前であった。ユングフラウヨッホの「ヨッホ」は「肩」と言う意味があり、ちょうど乙女の山「ユングフラウ」の肩のようであるからその名がつけられたそうだ。


スキー客で賑わう・クライネシャイデック駅2016m


▲駅直ぐそばの線路もスキー客が・・・・

▲駅のホームにもたくさんのスキー客

▲クライネシャイデック駅のホーム
クライネシャイデック駅・標高2061mはWAB(ウェンゲンアルプ鉄道)とJB(ユングフラウ鉄道)の乗り継ぎ駅。ユングフラウヨッホに行く時は必ず立寄る駅である。
夏場にはハイキングコースがあるのでここを拠点にハイキングすることも多い。冬場となるとこの一体はスキー客でごった返す。夏場より冬の方が賑やかなイメージがあるところ。
列車には客室とは別に貨物車が取りつけられ、スキー板などを運んでくれる。
左写真の時計は時間を示す時計ではなく「次ぎの発車時間」を表示してあるのでご注意を!!
▲駅のそばはスキー客がたくさん!!

列車の中でのひととき

列車に乗る時は前もって予約してあるので指定された列車に乗り込む。列車が着くとすぐに係員がグループ名と人数の書かれた紙をを車両の前に張り出してくれる。夏場などはたくさんのグループが乗ってくるので同時刻発車の列車はひとつとは限らない。添乗員は自分のグループがどの車両に乗るか走りまわってやっと見つけることもしばしば。
右写真はユングフラウヨッホの登りのお客様の様子。午前中早かったせいか、乗客もまばら。いつもはたくさんの車両が連なって登って行くが、今日はたったの3両だけ。
いつもある英語,ドイツ語、イタリア語、フランス語、日本語のアナウンスもカットされてしまった。【笑】

▲列車の中でのお客様

▲4歳のシュテンファン君
クライネシャイデック駅からは、一般客の乗る車両に乗って下車した。ちょうど隣り合わせになった4歳のシュテファン君はスキーウエアーを大人と同じように身にまとい一人前のスキーヤー。お父さんとおじさんと一緒に乗りこんで来た。おじさんの話では、「ここでは4歳くらいからスキーを始めるのは当たり前!!」とのこと。
このシュテファン君、4歳にしてバイリンガル。お父さんがフランス語で話しかければフランス語で答え、おじさんのドイツ語にはちゃんとドイツ語で答えている。
さすが,スイス人!!
お母さんはドイツ語、お父さんはフランス語で話しているらしい。
スイスは九州と四国を合わせたくらいの面積の小さな国だが、大きく分けるとドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏とわかれている。当然ドイツ語圏のお母さんとフランス語圏のお父さんの間に生まれた子供は生まれながらにしてバイリンガルになる、と言うわけだ。そうでなくても、同じ国で多くの言葉を話すというお国柄、必然的に多くの言葉を覚えることが出きる。島国で海にか込まれた日本では日本語しか話す必要がなく、どうしても外国語が苦手な国民だ。
その日本人からするとバイリンガルのシュテファン君はちょっと羨ましいかも!!

お客様から提供していただいた写真集

▲一瞬見えたアイガーの北壁

▲ラウターブルネン駅にて

左上の写真はクライネシャイデック駅で乗り換えの時,一瞬だけ見えていたアイガーの北壁。右上の写真はラウターブルネン駅の構内の様子。この貴重なお写真は蜷川様からご提供いただきました。


▲列車の中でグロッキーな佃さん(1)

▲グロッキーな佃さん(2)

上の写真は、列車で標高が高いユングフラウヨッホの後、ちょっと高山病気味になられてグロッキーな佃さんのご主人。ユングフラウヨッホ駅からクライネシャイデック駅まで降りて来て昼食後,私達より一足先に標高の低い駅まで降りて頂き、その後すっかり復活されました! ご本人様からご提供頂いた写真です。


▲ジュネーブから見た朝焼けのモンブラン

ユングフラウヨッホの後、ジュネーブから見えためったに見られない美しいモンブランの写真。 こんなに綺麗なモンブランの朝焼けを見るのは久しぶり!!あまりにも美しいモンブランの姿。須田さんにご提供頂きました!
今回のツアーはお客様からたくさんの写真をご提供いただきました。すべての写真をアップすることができませんでしたが、どなたでもアクセスできるところで写真をアルバム状態で公開させて頂いております。もっと写真がご覧になりたい方はこちらからアクセスしてくださいませ。 写真をご提供頂きましたお客様方、どうもありがとうございました。

Yahooフォト ←こちらでもっともっと写真がご覧頂けます。


文・写真:吉田 新子   ご感想などおよせください。 ShinkoY@aol.com

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