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汽車旅ひろば - ひろやすの汽車旅コラム

汽車旅ひろば


  • ひろやすの汽車旅コラム
"鉄道フォーラム"代表の伊藤博康氏による鉄道コラム。
毎回幅広いテーマの中から、「乗ってみたい」「知って良かった」「へぇ~」な汽車旅関連の話題をご紹介します。お楽しみに!

南海高野線のトレッスル橋「中古沢橋梁」へ行く [No.H138]

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こぢんまりとした山間の小駅、上古沢駅は、歴史を感じさせる渋い駅だ。
前回ご紹介した高野山へのアクセス鉄道・南海高野線は、大きく2区間に分かれます。難波から橋本までの平坦区間44.0kmと、橋本から極楽橋までの山岳区間19.8kmです。特急「こうや1号」は、この平坦区間を43分で走るのに対して、山岳区間には33分を要しています。表定速度にすると、平坦区間が約61.4km/hなのに対して、山岳区間は36.0km/hとなります。この数字からも、山岳区間がいかに険しい路線であるかが想像できると思います。
今回は、この山岳区間を象徴する中古沢(なかこさわ)橋梁に行ってみます。その下車駅は上古沢(かみこさわ)駅。山間のこぢんまりとした駅で、歴史を感じさせる渋い木造駅舎です。この駅に下車するだけでも来た甲斐があるな…と感じさせる、そんなたたずまいの駅舎です。その駅舎からみて線路の反対側はすぐに山の斜面ですが、わずかな平地を利用して、電車の交換設備も設けられています。一方、駅前はかろうじて広場があるものの、それ以外はなにもなく、細い道が線路に並行して両方向に延びているだけです。その谷側はこれまた山の斜面です。民家は下っていった谷間にあるのです。
谷間にある集落の近くではなく、これほど険しい山の中腹に駅を設けたのは、高野山が標高の高い場所にあるため、勾配に弱い鉄道は、徐々に高度をかせいでいく必要があるためでした。それも、最大50‰(パーミル)という、1000mで50mも登る急勾配となっています。一般的な鉄道線では、高速で走るためには10‰以下、峠を越える区間でも幹線系だと25‰までとしていますから、いかに急な勾配かがわかるでしょう。


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トロッコ道にあるトンネル。もとは素掘りだが、コンクリートで補強して安全に通れるようになっている。
さて、いよいよ中古沢橋梁へと歩を進めましょう。道は、上古沢駅にも張り出してありますが、南海電鉄が平成22年2月26日に出したリリース文
「中古沢橋梁展望デッキ」を設置しました!
の4ページ目にある「中古沢橋梁展望デッキ マップ」をプリントしていくと安心ですし、便利です。この地図にあるように、上古沢駅舎を回り込むようにして、下古沢(しもこさわ)駅方面への道を歩きはじめます。すぐに折り返して急な坂となりますが、すぐに平坦な道に出ます。この道は、以前、森林鉄道が敷かれていた「トロッコ道」と呼ばれる道です。それだけに、平坦でとても歩きやすい道となっています。さらに、この先はずぅっと軽い下り勾配となっていますので、軽快に歩くことができます。難波・橋本方面からきて、下古沢駅で降りることなく、敢えて一つ先の上古沢駅で下車したのは、上古沢駅側から歩くと下っていくことになるためです。
そろそろ陽射しが強い季節となってきましたが、トロッコ道は山沿いを通っていて、木陰が多くて快適です。10分ほど歩くと、道が二手に分かれます。その右側の道はトンネルに続いています。このトンネルを抜けていきます。岩盤をくり抜いたトンネルは、ちょっと迫力があります。森林鉄道の頃は素掘りのままだったことでしょうが、いまはコンクリートでしっかり補強され、さらにトンネル内には蛍光灯もつけてありますので、安全かつ安心して歩けます。


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高さ33.4mのトレッスル橋の橋脚を、このように真下から見上げると、その存在感に圧倒される。
トロッコ道のトンネルを抜けて、さらに10分ほど歩くと、コンクリート橋を渡ります。その橋の下には、川とともに道もあります。その橋の下の道に降りて、川の上流へと歩を進めると、すぐに目指す中古沢橋梁が見えてきます。
トレッスル橋と呼ばれる、鋼材を組んで造られた橋脚をもつ鉄橋です。多くの鉄橋は橋脚がコンクリートだったりレンガ積みだったりしますが、この鉄橋が完成したのは昭和2年のこと。当時、33.4mという高さのコンクリート橋脚を造るのは技術的に難しかったものと思われます。そこで、橋脚も橋桁も鉄骨を組んで造られました。
その鉄骨等の資材を運ぶには、さきほど歩いてきたトロッコ道にあった森林鉄道が活躍したそうです。森林鉄道は、この一帯で切り出した材木を、駅で3つ戻った九度山まで運んでいたそうです。九度山で材木を下ろした帰りに、鉄橋を造る資材を運んでくることで、中古沢橋梁の建設がはかどったということです。
ちなみに、トレッスル橋は当コラム2013年8月9日公開分で記した山陰本線の余部鉄橋が特に有名です。しかし、同橋はコンクリート橋に架け替えられ、いまは保存となった一部を残すのみです。現役のトレッスル鉄道橋は、この中古沢橋梁を含めて国内には9つありますが、このように橋脚を下から間近に見上げられるところは珍しいです。
中古沢橋梁の展望デッキに上がると、目の前に橋脚の最下部があり、そこから見上げたはるか上に線路があります。展望デッキに電車の通過時刻が記されていますが、山岳線区にもかかわらず列車本数が多い高野線ですので、平日の日中でも往復で1時間に6本やってきます。平均すると10分に1本ですので、しばらくこの圧倒されそうな存在のトレッスル橋を見ていれば、電車が通過していくという感じです。ただし電車はあまりに上を走るので、音は聞こえても、その姿はほとんど見えません。
トレッスル橋を堪能したら、再びトロッコ道に戻って下古沢駅を目指しましょう。寄り道しなければ、20分くらいで歩けます。途中、川を越えるところで少し道が複雑になり、また急な下り坂と上り坂となりますが、上述の地図を持っていれば迷うことはありません。下古沢駅も山の中腹にある駅ですが、トロッコ道からだとさほど高低差はなく、楽にアクセスできます。ただし、途中には売店も自動販売機もありませんので、予め飲食物はしっかり持参していきましょう。


掲載日:2015年05月15日


●伊藤 博康(いとう ひろやす)
(有)鉄道フォーラム代表。愛知県犬山市生まれ。パソコン通信NIFTY-Serve草創期から鉄道フォーラムに関わり、1992年から運営責任者。(有)鉄道フォーラムを設立後、独自サーバでサービスを継続中。著書に「日本の “珍々”踏切」(東邦出版)「鉄道ファンのためのトレインビューホテル」「鉄道名所の事典」(東京堂出版)がある。現在、中日新聞社「達人に訊け」でもコラムを連載中。