汽車旅ひろば - ひろやすの汽車旅コラム

「秋は夕暮れ」というように、日暮れの早い秋は夕焼けを楽しめる季節でもあります。
まだ汗ばむ陽気が続いていますが、10月も半ばを過ぎるとめっきり涼しくなり、夕焼けが楽しみになってくることでしょう。
そんな10月中旬から11月にかけてお勧めしたいのが、駅のホームから陽が沈む光景を眺められる下灘駅です。右の写真の通り、ホームの先には海が広がっています。
予讃線の駅ですが、向井原～伊予大洲間に位置するため、特急列車は短絡線として造られた内子線を走っていて、当駅は通過しません。やってくるのは、各駅停車ばかりです。それも、上り下り合わせても、1時間に1-2本という極めて少ない列車本数です。
そのため、この下灘駅に降り立つには、しっかりと計画をたてることが必要です。でも、いったん降り立ってしまえば、目の前に広がる海を眺めながらの、のんびりとした時間を過ごせるところです。


そんな下灘駅ですが、夕暮れ時に、にわかに活気づく時間帯があります。
観光列車「伊予灘ものがたり」道後編が、17時09分から同13分までの4分間停車するのです。同駅の日没時刻は11月1日に17時16分ですので、10月中旬から11月にかけて乗ると、まさに陽が暮れようかという時刻に下灘駅に停まるのです。その後、発車すると徐々に夕焼けが夕闇に移ろっていくことになります。
「伊予灘ものがたり」は、レトロモダンに改装した車両を利用して、松山～伊予大洲・八幡浜間を、特急が通過しなくなったものの瀬戸内海の景色がよい下灘経由で運転される観光列車です。普通列車グリーン車指定席の扱いですが、「食事予約券」を購入することで、車内で時間帯に合わせた飲食を楽しめるのも特長です。
この時期、この「伊予灘ものがたり」道後編に乗車するのはお勧めです。また、そのいっときのホームの賑わいをも楽しみながら、普通列車でやってきて、じっくりと下灘駅を味わうのも一興です。


筆者がこの下灘駅の様子を撮影したのは、2014年11月3日のことでした。
当日は、朝から文字どおりの秋晴れだったので、これは夕暮れ時に下灘駅へ行ってみようと思ったのでした。
少し早めに着く列車からホームに降り立つと、駅のあちらこちらに人がいます。全員で10名ほどでしょうか。列車に乗る様子もなく、下車したのは私だけです。この方々は、下灘駅の夕陽を楽しみに来ていたのでした。
そのため、山の端に陽が沈む頃にやってきた「伊予灘ものがたり」道後編の頃までは、思い思いに過ごしていました。ところが、同列車が走り去り、次第に夕闇が迫る頃になると、いつしかいなくなりました。どうやら皆さん、車で来ていたようです。
残っていたのは、私のほかに旅行者風の若者が一人だけでした。そのお陰で、「伊予灘ものがたり」道後編が発車してから、30分ほど後に普通列車がやってくるまでの間、思う存分にこの駅を堪能しました。その30分は、次第に暗闇が支配するようになっていく海と空、徐々に冷え込んでいく空気とともに、日常から離れた感覚を味わわせてくれる至福の時でした。
やがて、ヘッドライトを照らした普通列車がやってきました。すでに夕焼けは西のかなたにわずかだけとなっていて、空の多くは闇夜が支配しています。
ガランとした車内に乗り込み、40分ほどかけてゆっくりと、今宵の宿がある松山を目指します。


掲載日：2016年09月23日